「愛するのをやめて、お行儀良くしなさい」

 
 

鎌倉の松原庵 

に行ってきました^^

 

お蕎麦の上に惜しみなく乗った

この鰹節♪

 

どうしても食べてほしくて

友達を誘いました。

 

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初めて見たとき「生ハム」かと思った^^

 

サックサクの天ぷらと一緒に、やみつき!

鎌倉散策の休憩に、是非是非❤︎

 

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古民家でお蕎麦をすすりながら

「愛とは?!」と熱く語りました。

 

そんな崇高なテーマ

なんでこんなすらすら言葉が出てくるかと思うほど...

 

きっと誰かに言わされていたんだろうなあ〜

 

中学校くらいから「愛」ってなんだろう

と考えていたような気がします

 

恋と愛の違い

人類愛、親子愛、兄弟愛、夫婦愛

恋は終わるけど愛は続くのか

好きじゃない人を愛せるのか

愛することと愛されることはどちらが尊いのか

 

考えても考えても分からなくて(今もだけど)

 

 

「愛」を思うときに指針にしている

ひとつのフレーズがあります。

 

とても美しくて傷だらけで優しくて

大好きな小説。

 

 

 

Divine Secrets of the Ya-Ya Sisterhood: A Novel (The Ya-Ya Series)

 

和訳:ヤァヤァ・シスターズの聖なる秘密

 

主人公のSiddaが、最愛のフィアンセとの

結婚を延期するシーン。

 

そのことをSiddaが母に手紙で報告するときに

「愛し方が分からない」と書く。

 

母からの返事。

 


「愛し方が分からない?

愛し方が分かる人なんているの?!

 

愛し方が分かるまで待っていたら

誰も子作りしないし、料理もしないし

野菜も植えないし、本も書かないわよ!

 

愛し方が分かるまで待っていたら

朝、ベッドから出ることすらしないわよ??

あなたはセラピーを受けすぎたの。それか、足りないの。

愛し方を知っているのは神さまだけよ。

私たちは上手に演技するしかない。

 

愛するのをやめて、お行儀良くしなさい。」

 

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「愛するのをやめて、お行儀良くしなさい」

 

 !!!!!!!!!!!!

 

 

衝撃でした。

 

 

そんなのでいいの?!

挨拶するとか、ちゃんと謝るとか、

お茶をいれるとか、席を譲るとか、

そんなのでいいの??

 

拍子抜けした、と同時に

「だったらやってみよう」と思ったんです。

 

当時の私にとって

「愛する」ことがいちばん難しかったのは

「両親」でした。

 

 

まずは「お行儀良く」をヒントに

 

とりあえず、お誕生日やお正月に

カードやメールを贈ることから始めました。

 

カナダに住んでいた娘からの便りに

「美和ちゃんて意外と優しいよね」と

両親は噂していたそうです 笑

 

 

 

それからは、実家に泊まった後は

「お世話になりました」とお礼を言ったり

父が入院したら、すぐお見舞いに行ったり

 

ちょっとずつ、私が思う「お行儀良く」が

できるようになった。

 

人によっては当たり前かもしれないけど

親と喧嘩ばかりだった私には、

結構なチャレンジだったんです。

 

 

親から「ありがとね、嬉しかった」と

電話が来たりして

くすぐったいのと同時に

「あら?これが愛かも」と思ったりして。

 

一生反抗期みたいな私でしたが

今では「美和ちゃんは面白いね」

と大爆笑されながらランチをする仲です ^^

 

 

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こういうことを、結婚していたときも

手探りで、実践していた。

 

例えば夫の買ってきてくれた

バースデーギフトがイマイチだったとして

 

絶対に文句を言ったり

不機嫌にはならない、と決めていました。

 

どんなアイテムも、いいところが

1つや2つはあるので

そこを褒めて、喜んで

気に入らない点は口にしなかった。

 

それが私が思う「お行儀良く」だった。

 

それより、彼が、

好みがうるさい妻への

贈り物を考え、

慣れないお店に入って、店員さんと相談して

一生懸命選んでくれたことが

本当にありがたいと思いました。

 

 

 

そりゃあ、一緒に暮らしていれば、

むかっとくることあります。

怒鳴ったこともある。

 

でもでもそのたび

「お行儀良くしなさい」

を思い出してた。

 

「ごめんなさい」って電話して

彼の好きなビールを買って帰ったり。

 

 

私たちは去年離婚して

ハッピー離婚とは言え、

感情はいろいろ動きました。

 

でも私は離婚が決まった日も、

届けを出した日も、

その後もずっとできるだけ

「お行儀良く」を試してきて、

 

 

 

なんとなくだけど、

愛することの意味が見えてきた。

 

こういう経験を積み重ねるたびに

本当に人は、完璧に愛することなんて

できないんだな、

と思うようになった。

 

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私たちがここに居るだけで

何の条件もつけず愛してくれるのは

「神さま(創造主、源、something great)」

という存在のみ。

 

人間はどうしたって

そんなにいつも寛大でいられない。

気分はup downするし

なんたって自分のことで精一杯で

24時間無休で愛することが

できないようにできている。

 

 



家族だから、親子だから、

友達だから、隣人だから

「愛したい」とは思っても

とにかくやり方が分からない 笑

 

だって神さまだけが知っているんだもの

誰も教えてくれなかったから

自分で見つけていくしかない。

 

 

 

私は、ひとつの見つけ方として

「お行儀良く」を試してきて

(もちろん、忘れるときも、多々ある)

 

 



「お行儀良く」しているほうが

そうでないときより

気持ちいいのだよね。

 

前に父が入院したとき母が

「いつもは、お父さんにイヤミを言ったりしちゃうけど、

こうやって、優しくしているほうが、楽なのよね」

と呟いていたのを、思い出しました。

 

 

優しくする、お行儀良くする、

そのほうが楽。気持ちいい。

 

ということは、人は、

「優しくしたり、お行儀良くする」ときに、

神さまの波動に、近づくのかもしれない。

 

神さま=愛だから、

「お行儀良くする」=愛に近づくための

ひとつのルートではないだろうか。

 

 

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形から入る、じゃないけれど、

愛し方云々を考える前に

 

「お行儀良くする」

笑顔を向ける、声をかけてみる、

ありがとう・ごめんねを言う、

ドアを開けてあげる、

お花を買って帰る

 

 


 

相手が受け取ってくれてもそうでなくても

そして愛せそうにない相手に対してこそ

「お行儀良く」やってみることが

魂のポイントアップになる気がしてます。

 

 

 

 

そんなことを重ねていったら

私たちはそもそもが生まれた理由である

「愛し合う」ことをもっともっと

地球で体現できると思う。

 

地球の周波数を上げるとは

こんな小さなことだと思った

お盆weekでした∞

 

 

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